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武笠さんの夜間飛行(ラジオ番組)

プロフィール
ラジオ番組「武笠さんの!(昼なのに)夜間飛行」のブログです。
FM甲府(76.3Mhz)
『CRYSTAL STATION』内のコーナー
毎週水曜日14:10(くらい)から14:30(くらい)
まで絶賛放送中!

*番組は2015年3月で終了しました。

(ブログ作成者)
山梨学院PB(パブリシティ)センター
web情報課 課長
武笠 和幸
E-mail: k-mukasa@ytos.ygu.ac.jp
ブログ・テーマ
コンセプトは「遊び心と好奇心」 普段の生活の中で何気なく見聞きする(心に映りいくよしなしごと)を、(そこはかとなく)こだわってみたお話と、ジャズを中心にしたお気に入りの曲紹介をしています。 「夜間飛行」のタイトルの由来は、大好きな作家、サン・テグジュペリの「星の王子様」と並ぶ代表作にちなんで。 彼にはとても敵わないけれど、大好きな星空の元、夜の空中散歩を楽しみたいと思っています。

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帰れない二人

2009.05.14 23:55 | 心象スケッチ | 投稿者:Mukasa

5月2日、ロック歌手の忌野清志郎が亡くなった。
56才・・・あまりに早すぎる死だった。

清志郎やRCサクセションが、特に好きだった訳ではない。
けれど「ぼくの好きな先生」、「スローバラード」、「雨上がりの夜空に」、「トランジスタラジオ」など代表曲はほとんど知っている。
ライブ盤も含めて、当時のアルバムを録音したカセットテープも沢山持っていたからだ。
その全ては、中学時代の友人(I君)がダビングしてくれた物だった。

Iとは家が近所だったせいもあり、よく彼の家で遊んだ。
熱狂的なロックマニアでRCサクセションのファン。
頼んでもないのに無理やりテープをくれたものだ。
特に目立つタイプではなかったが、時々もの凄くファンキーな言動に走るちょっと変わった奴だった。

中学卒業後、僕は都立の普通科高校へ、彼はエンジニア志望で5年制の高等専門学校へ進学。
たまに街で行き会った時に少し話しをするくらいで、会うこともほとんどなくなってしまった。

ところが僕が高校を卒業して1年間人生修行(つまり浪人)をしていた秋のこと。
図書館の帰り道に公園のそばを歩いていると、いきなり横にバイクが停車・・・脱いだメットの中から出てきたのは、久々に会うIの顔だった。

今思えば不思議なのだが、その時の会話は生々しいくらいによく憶えている。

「俺、高専休学したよ! それでインドに行ってたんだけど、いいぜぇ〜!また近いうちに行くんだ!!」
こっちは浪人の身・・・休学?しかもインド??
想像もつかない、かなり眩しい話だった。

「お前、まだ相変わらず尾崎なんて聴いてるの? だせぇーなー!」
いつだったか行き会ったときに、当時大好きだった尾崎豊の話をしたのを奴は憶えていた。
「そういうお前は、相変わらずRCか?」
「当たり前ジャン! 聞きまくってま〜す♪」
清志郎の言い方を真似て、おどけて話す。

そして・・・奴は最後にこう言った・・・
「インド! インドさ、本当にいいよ!! 絶対に武笠にも合うって! 何かね、色々考えちゃうよ! 今度行って帰ってきたらさ、連絡するからゆっくり話ししようぜ! それじゃな。お前も頑張れよ!!」

自分の言いたいことだけ嵐のように捲し立てて、奴は帰っていった。
奴の乗っていたバイクの赤いタンクが、妙に印象に残っている。


それから数ヵ月後、無事に大学に入学した僕の元に、奴がインドで死んだという連絡が入った。
僕に会った後、話していた通りに2度目のインド旅行に出かけた奴は、数ヶ月の間、貧乏徒歩旅行を楽しみ、いい加減に帰国しろ!と親が送ったお金で初めてバスに乗り、事故に巻き込まれて、逝った。

通夜の晩、僕は着慣れぬスーツを着て、友人二人と久しぶりに奴の家に出かけた。
遺影には、やはりファンキーな奴の笑顔。
BGMに、RCサクセションの曲が音量ガンガンで流れていて、こんな通夜もあるのかと度肝を抜かれた。

僕の中では、忌野清志郎=RCサクセション=I。
自転車に乗っている姿を映した情報番組が気になったり、癌で闘病中であることを伝えるニュースが気になったりしても、決して自分から進んで曲を聴こうとしなかったのは、そんな理由もあったように思う。
インドにしても、そう。
その響きに何か物悲しい気持ちを抱いてしまうのは、奴と無関係ではない。

今回の訃報を聞いて、真っ先に思い出したのは、やはりIのことだった。
最後に看取ったのは、RCのギタリスト・チャボ(仲井戸麗市)だったそう。
懐かしい名前だ、やはり大好きでお前がよく口にしていたものね。
お葬式は、盛大にロック葬。
あの日の通夜が、強烈に蘇ってきた。

今週の放送で流した曲で、大好きな「帰れない二人」という井上陽水の歌がある。
けれど恥ずかしながら、この歌が陽水と清志郎の共作だということは最近までまったく知らなかった。
下積み時代の二人が、一緒に作った曲だそうだ。

奴が逝き、あの日、だせぇー!と奴が馬鹿にした尾崎豊も死んで17年が経ち、奴が敬愛してやまなかった清志郎も逝ってしまった。

インドさ、本当にいいよ!! 
絶対に武笠にも合うって! 
何かね、色々考えちゃうよ!

奴がインドで何を見、何を考えたのか?
僕にも絶対合うって、何のことだったのか?
もう確かめる術はない。

あの日の二人には、もう帰れない・・・

コメント
武笠さん

お久し振りです
同級生や自分に親しい人の死というのは、受け止めるには辛いことです。
僕は、高校時代と社会人になってから
やりきれない辛さの中、同じ思いを受け止めざるを得ませんでした。
最愛の人を永遠に失ったあの日、また自暴自棄になり自分で自分を痛めつけるしか出来なかった辛さを思い出しました。
当時は若さも手伝って、かなり傲慢に
僕は僕の生命を軽く扱い、彼等の方が生きる価値があると嘆いた事もありました。 
今、生きている僕達は彼等を偲びつつも
その想いを己に活かし、生を真っ当するしかないのでしょうね。
僕は、尾崎豊も清四郎も好きですよ。
武笠さんの友人である彼は、きっと今、聖なる河の水面に抱かれ、旅している事でしょう。
彼等の心は、僕の戒めにも未来への道標にもなっています。
まだ当分再会は出来ないけれど、旅路の話を聞かせて欲しい、今は、そう思っています。


投稿者:海浬: at 2009/05/16 04:03

武笠君、お久しぶりです。

ひょんなことから君のブログを見つけて、
読ませてもらっていました。
元気に活躍されている事を嬉しく思います。

「もうすぐ、I君の命日だな」と思っている
ときに清志郎の死を知りました。

清志郎もインドも、物悲しく感じるのは
私も同じです。
もう20年以上たつのにね…

投稿者:中学の同級生: at 2009/05/15 12:28

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