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秀節の体験談

2012.03.03 16:35 | カテゴリなし | 投稿者:根本秀節

 秀節は、去年、震度6弱の地震を2回、体験した。常磐高速道路も再開していたので、秀節は、数日間、いわきに滞在することにした。奥の親戚、いわきの家の様子を知りたかったのである。家の中は普段と変わりがなかった。3月11日の地震では、わずかに食器棚にあった人形と、コーヒーカップが2つ転がっているだけであった。二階に上がるとこれも大きな変化がない。本箱の上の本が4冊と封筒が落ちているだけで、あとは変わりがないのである。
 滞在3日目の4月11日は震災発生からちょうど1カ月であった。当時のいわき市の放射線量は0.34(現在は0.17)毎時マイクロ・シーベルトで、数値がさらに低下していた。その日、秀節は、夕方の5時16分ごろに震度6弱の地震を体験した。揺れはかなりのものであったが、今回も本棚から1冊の本が落ちただけであった。それ以外は何も影響がなかった。とはいうものの、停電になった。
 まだ、周りはそれほど暗くはないのだが、秀節は停電が長引くかも知れないと考え、奥の運転で蝋燭を買いに出かけた。残念ながら近くのセブン・イレブンでは蝋燭はすべて売り切れていた。そこで、車で15分ほどのところにある、奥の親戚に蝋燭をもらいに行った。小さな蝋燭では心もとないと思ったのであろう、神棚にあった大きな蝋燭を2本も持ってきてくれた。秀節は、なんと大きな蝋燭かと思いながら、3メートルほど歩くと、周辺の家の明かりが突然点いたのである。「なーんだ」と言って、根本と奥は思わず笑ってしまった。それでも、秀節は、20センチほどの大きくて太い2本の蝋燭を大事そうに持って車に乗り、家に戻った。もちろん、秀節の家の明かりも灯っていた。
 翌日も同じ規模の地震があった。東京への帰途についていたときである。昨日の地震で高速道路の一部が不通になっていたため、その間を国道6号で行こうと考えた。そんな時、小名浜近くのバイパスで地震があった。両サイドに設置されている背の高い街灯が左右に大きく揺れ、対向車のトラックが車線をはみ出しそうになって、フラフラしている。運転席の奥を見ると、ハンドルを左右に切っていた。秀節は一瞬、何を遊んでいるのかと思ったが、奥も車をコントロールできなかったのである。道路が波打っているようであった。前方に止まっている車も左右に揺れている。すぐに停車して後続の車を見ると、それぞれハザード・ランプを点けて停車していた。
 秀節にとって、2回の震度6弱の地震は、生まれて初めての体験であった。しかし、どういうわけか、1回目の地震が怖いと感じずに、その時、即座に秀節の頭をよぎった思いは、その後の停電で風呂に入れない、夕食がとれない、であった。ああ、何とも情けない秀節であった。 1年前の記憶を手繰り寄せる銀色の糸が秀節の手からフッと消えた。(続く…)

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